両手矛盾を抱え、思いを抱え、二対は一振りと成る。
その因縁は何時、どういう経緯で生まれたのかは誰も知らぬ。
小さな事が時を経て大きくなり矛を収める機会を失ったのか、将又もとより大きかった諍いが膨れ上がったのか。長く、長く、続いた争いは血を多く流しすぎた。
だからこそ、一方は平和的な解決を望み守りを固めて耐えると決めた。
だからこそ、一方は相手方を全て滅ぼす事で後の平和を得ることを決めた。
祈り、
祈り、
願い、
どうか、
どうか、
護って欲しい、
救って欲しい、
どうか、どうか……
呪い、
呪い、
憎み、
どうか、
どうか、
滅して欲しい、
奪って欲しい、
どうか、どうか……
同時に別々の刀工へを願いを込められて依頼された刀剣は務めを果たすこと無く、主人の願いに応えられなかった鈍らだと何の因果か同じ場所に仕舞い込まれ、嘆き、恨み、願い、唱い、長い月日をかけてその身に己の願いを刻み込んだ。
どうか、どうか、守れるように。
どうか、どうか、滅ぼせるように。
刀としてその生を終えられる様に、強く、願った。
矛盾。
昔、中国の楚の国で、矛と盾とを売っていた者が「この矛はどんなかたい盾をも突き通すことができ、この盾はどんな矛でも突き通すことができない」と誇ったが、「それではお前の矛でお前の盾を突けばどうなるか」と尋ねられて答えることができなかったという。
【「韓非子」難一の故事から】
ずっと放置されていた蔵があった。
中に何が在るかも知らず、何時から存在していたのかも知らず、その扉がずっと閉ざされていた理由も知らされていなかった。
とある年の梅雨の長雨で発生した地崩れで発見された蔵は其の年月を感じさせぬほど頑強で、閉ざされた扉は何もしても開くことが出来なかったという。其の連絡を受けた天照の職員が派遣され、封じられた扉を開いた先には塵一つ無い空間が広がり呪符を張り巡らされた一角に二対の打刀が刀掛けに納められていた。
一振りは願い、祈り、歌い。
一振りは呪い、憎み、呪い。
危険な妖刀かと身構えたものの、二振りは響き合い、打ち消し合い、まるで二振りで一つの様な不思議な空間が其処には在った。
護るために創られたという『御手』。
奪うために創られたという『呪手』。
呪手は破棄してしまうべきだと言う意見が多く出た。
当然だろう、人を殺し、全てを奪い、呪う為に打たれた刀だ。
呪詛を撒き散らしながら人間に牙を向くのも時間の問題だ、と。
漆黒の手が刀から垂れ、這い出ては暗く暗い闇の底へ引き摺り込むべく纏わりつこうと蠢く姿を見てしまえば止むを得ない。
人を切るわけではない討滅すべきは妖魔だ、其れならば御手だけ在れば十分ではないかと。
呪手から引き離し、御手を鞘から引き抜いた時に異変が起きた。
白い手が無数に現れ、刀遣いに群がると其の身を『何処かへ』隠そうと引き摺りはじめた。
人を守るための刀ではなかったのかと慌てて引き剥がそうと試みたものの人の力では外れず、刀遣いの体は確実に何処かへと連れ去られそうになっている。
嗚呼、駄目だ、駄目だ、もう救いようがない。
不意に開けられた扉から、カチン、と妙な音が響き、黒い大きな手が諦め掛けていた職員の脇を凄い勢いですり抜けて行くと刀遣いに纏わり付いて白い手を剥ぎ取って霧散した。
――― お前だけが成すなど赦すものか。
重々しい声が響き、張り詰めていた空気が一気に抜けると幾人かが床へとへたり込んだ。
二振りの祈りと呪いが拮抗し故に清浄を保っているのだと結論が出た、幾ら人の為にと打たれた刀であったとしてもその願いが強すぎれば毒になるのだと。
揃えば、
その加護は正しく人に向き、縋ること無くその背を支える。
その苛烈は正しく敵に向き、闇の底へと引き摺り込む様に破壊する。
一振りでは役に立たない鈍らがで漸く二振りで『刀』と成った。
ならば、
何時か、
どうか、
誰か、
刀として其の役目を全うし、散れる事を夢見る。