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英雄あったかもしれない過去



「よぉ、英雄ヒーロー。念願の英雄ヒーローになった気分はどうだ?」




皮肉を込めた言葉に幼馴染は昔と変わらぬ笑顔を浮かべた。







奈良盧はもともと刀遣いになろうとは思っていなかった。

早くに両親を亡くし、祖父母に引き取られたが何不自由なく育ててもらい、愛情もたっぷり注いでもらった。
隣に住む夫婦にも良くしてもらっていたし、二つ下の幼馴染も本当の弟のようで可愛いものだった。

その幼馴染が好んで遊んでいたのが『刀遣いごっこ』だ。

実在する身近な英雄。
その活躍は巷で噂になり、テレビのニュースで流れ、バラエティ番組で、ドラマで、アニメで、雑誌で、漫画で、ありとあらゆる媒体で取り上げられ、どの様な存在でどんな活躍をして来たのかを刀遣いに無関心だった奈良盧でさえ大まかなことは知っているぐらいだった。奈良盧にとっては生活していく上での情報に過ぎず、憧れる存在では無かったのだが幼馴染には違ったようだ。
街で見かけた刀遣いが身軽に障碍物の多い町中を駆け抜け、妖魔に襲われそうになった人を華麗に助けたのを見かけたのだと熱く語った時から幼馴染の中で『刀遣い』は憧れの英雄となった。

「おおきくなったら刀遣いになるんだ!!」

少し舌足らずに小さな拳を突き上げ、幼い日にした宣言を幼馴染は一時も忘れること無かった。



見てる未来が違えば進む道も違う。
良く遊んでいたのは小学校の低学年まで、其処から先は奈良盧は平凡で堅実な道を歩み、幼馴染は刀遣いを目指すべく幼いながらも直向きに歩を進め始めたのだろう。中学に上がれば家の前でたまに顔を合わせる程度になり高校に上がれば数ヶ月に一度、二言、三言、短い会話をする程度に成った。奈良盧が大学へと進めばそれすらもなくなり、近い距離に居る昔から知っているだけの関係に落ち着いた。
幼馴染との接点は薄くなったが叔父さんと叔母さんには色々と良くしてもらい、大学に入って直ぐに祖父母が立て続けに亡くなった際には大変世話になったものだ。一軒家に一人きりに成った奈良盧を我が子と同じ様に心配し、成人を超えるまでは何かと頼りにさせてもらった。たまに顔を見せるらしい幼馴染の話をとても嬉しそうに口にするのに、此方まで嬉しく思ったものだった。



このまま何も変わりなく日常が過ぎる。
そう信じて疑わないのは誰もが同じだろう。
自分だけは日常の枠から外れることはない。
そんな事がある訳もないのに。



黒く縁取られた枠の中、昔と変わらない笑顔を浮かべている幼馴染を見上げた。



白い花で埋め尽くされた立派な祭壇の前に置かれた棺の中には右手だけが納められている、らしい。
他の部分は攫われたのか、引き裂かれたのか、潰されたのか、喰われたのかは知らないが、血溜まりの中に折れた刀を握り締めた右手だけが落ちていたそうだ。

『立派な最期でした』
『逃げ遅れた親子を逃がそうと妖魔と対峙し、彼らが安全な場所へ逃げ切るまで退路を死守した』
『勇敢な行動をした、本当に立派な最期でした』
沈痛な面持ちで重々しく口を開いた男の少し後ろで妙に瞳を輝かせた子供が母親に背を押され、促されるように一歩前に出ると幼馴染の両親を前にしてそれはそれは高らかに声を上げた。
『僕も、助けてくれた――― さんみたいな立派な刀遣いになりたいです!』
茫然自失の幼馴染の両親を尻目になんて感動的なんだとばかりに母親は涙を流し、周囲は美談にするべく「良く言った!」「期待してるぞ」と言葉を重ねていく。

だからこの親子には罪がないのです。
だから恨まないで下さい、憎まないで下さい、何も望まず許して下さい。
言葉の裏側に隠されたクソッタレの感情に奈良盧は顔を歪ませて思わず舌打ちをした。

こいつらは何言ってるんだ。
こいつらは何言ってるんだ?

だって、


――― お前らが殺したくせに。


音にしたつもりのない言葉はうっかりと小さく零れていたらしい、さっと顔を青くする母親と慌てて取り繕い始める『機関』の男達。奈良盧の言葉に反応して口を開こうとする幼馴染の両親を見留めると茶番に参加していた輩は、美談で無理やり終了するべく早口で挨拶を口にすると足早に去っていった。
「寛大君……」
身を寄せ合い、こんな時でも奈良盧を気遣うような視線を向けてくれる二人に、ぐ、と息を呑んでから唇を開く。
「俺は……」
彼らが許さないと言えばきっと人で無しだと罵られる、恨むと、憎むと口にすれば健気な被害者に心無い仕打ちをしたと言われるだろう。そういう風にこの世界は出来ている。
それならば、
「俺は叔父さんと叔母さんがアイツらを許さざる得ないなら、俺がアイツらをずっと許さないでいる」
痩せ細った四つの手が奈良盧の両手を暖かく包むと「有難う」と、掠れた声が耳に届いた。





――― よぉ。英雄。念願の英雄になった気分はどうだ?





返ることのない問いかけを繰り返す。



英雄には二種類あると奈良盧は思う。

生きたまま英雄たる絶対的な希望と。
死して英雄になる忘れ去られる者。

前者は永続的に希望として持て囃され、後者は一時的には持て囃されるだろう。

勇敢だった、
素晴らしい人だった。
あの人でなければ出来なかった、
貴方みたいな刀遣いになると誰もが胸に刻むだろう。

お決まりの文句だ。
暫くはその悲劇的な死を悼み、ずっと忘れないと誓う。



――― 本当に?



声を、姿を、忙しなく変わる表情を、癖を、刀を愛しそうに撫でる指先を、人を守るのだと強い意志を持った瞳を、他人であるその姿形をずっと忘れないだなんて有り得ない。数ヶ月も経てばもう過去に成り下がり、一年も経てば只の記録になる。紙切れ一枚で人生が語られる。




――― よぉ英雄。念願の英雄になった気分はどうだ?




もともと英雄でなかった幼馴染はその生命を落としたから英雄となり、ぺらぺらな世辞を与えられる。
英雄に憧れた子供は大人になり、英雄に成るべく歩んだ道半ばで倒れ、死して英雄に祭り上げられた。





四十九日が過ぎた頃、奈良盧家の隣は空き家になった。
連日訪れる様々な思惑を持った人々に精神と肉体を極限まで摩耗してしまった幼馴染の両親はこれを機に田舎に引っ越すのだと言っていた、最後まで奈良盧の事を気遣い、日持ちする食料から小分けに冷凍してくれた惣菜まで確りと持たされたのにはどれだけ生活力が無いと思われているのかと笑ってしまったが。

馬鹿だなァ、お前は生きてるだけでこの二人の英雄だったのに。
まだ夢を見ていた小さな子供の頃、その事を伝えられたら何かが変わっていたのだろうか。

ずしりとした紙袋の重みに出来もしないことを考え、ふ、と呼気を漏らした。




それから、


それから、




奈良盧は決まっていた就職を蹴って刀遣いの道へと進む事にした。

道半ばで倒れた幼馴染の為では無い。
幼馴染を死に追いやった子供が何時か来るのを監視する為でもない。

ただ知りたかった、祭り上げられた英雄が見た景色はどんなものなのだろうかと。

安堵した?

嬉しかった?

絶望した?

恨んだ?

どんな気持ちで彼らはその道を選び、そして忘れられていくのをどう思っているのか。
残念な事に奈良盧は彼等のような勇敢さは持ち得て無くて、のらりくらりと歳を重ねてしまったけれど。



――― よぉ英雄。念願の英雄になった気分はどうだ?



人が人を殺すクソッタレな世界は相も変わらず英雄を求め、美談を作り上げている。
妖魔がいようがいまいが、妖魔に倒されようが、結局は人の為に人は死に、殺されている。



忘れられた英雄のそこかしこにある軌跡を今日も辿り、探している。

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